それから二日後。この日は前日の雨の影響で曇っていた。だが、いつもの大通り、いつもの人込みの中を、いつも通りのスタイルで、輝翔と絵波は帰路についていた。
「曇っててやだなぁー……」
「涼しくていいじゃん。俺カンカン照りより好きだぜ」
「でも、べたつくし、暗くて嫌」
「暑い時だって汗でベタベタするじゃん。風があるし、こっちのが断然イイって」
「それはそうだけど……暗いのって嫌いなの。気分が沈むし……嫌な事思い出すし……」
絵波は俯いた。腕を体に巻き付けて、込み上げて来た震えを押さえる。
「……まだ気にしてんのか? あのこと」
輝翔は溜息混じりで聞いた。ここまで一つのことに執着しておびえる彼女に驚く反面、いい加減この話題に触れるのも嫌になってきたのだ。
「いい加減にしろよ。ここが夢であるはずなんかないんだぜ? 何でそんなに現実否定するようなマネしたがって……」
「だってっ……」
輝翔の言葉を遮って、絵波は声を荒げた。突然のその反応に、輝翔は呆然とする。
「…………あれから、同じ夢ばかり見るんだもの……見知ってる誰かが、私を消すんだもの……!
昨日なんて、消されながらこう言われたわ。『もう休む時だよ』って……。私、自分が消えるのが、恐い……」
これには、輝翔も言葉を失ってしまった。彼女に何て言葉をかけたらいいかわからない。どういう態度を取ればいいのかもわからない。自分がどう動いていいかすらわからない。
いつしか、止まることなく流れる人込みの中で、彼らの周りだけは、時間が止まってしまった。
しばらくして、輝翔は大きく溜息を吐き、少し早めに歩き出した。絵波は戸惑ったように小さく言葉を漏らし、後を追った。
「……夢は、いつかは覚めて、消えるんだ。いい夢だって、悪夢だって。何回も繰り返し見たものでも、現実になんかならないさ……」
何かを悟ったように話す輝翔に、絵波は呆然とし、慌てて後を追った。
輝翔は速度を緩めることなく歩いた。歩くことに集中することで、様々な雑念を振り切るように。
「……お前は、何も知らなくていいんだ……」
輝翔は誰にも聞こえないように、小さく呟いた。しばらく歩くと、彼は速度を緩め、ふと顔を上げ……驚愕した。ブラウスにロングスカート、ロングヘア。以前は遠くて顔こそ見えなかったが、受ける印象が前回と少したりとも変わっていない。懐かしいものを感じるが、と共に、拒絶もしている。以前一回見たきりなのに、彼の中に強く居座った彼女が、再び自分のそばに居たのだ。距離は以前より大分近いところにいる。常人よりやや白い肌、美人と言うわけではないが、そこそこに整った顔立ち、そして、彼の全てを見透かすような、眼……
輝翔はじっと自分を見つめる彼女から眼が離せなかった。顔が青ざめ、全身から汗が噴き出た。がたがたと音が出るくらい、激しい震えが彼を襲う。
上手く呼吸が出来ない、何も聞こえない。見えるのは、彼女の吸い込まれそうなくらい強烈な眼だけ……
卒倒寸前だった。
「輝翔!」
絵波に呼ばれ、彼ははっと我に帰った。振り返ると、息を切らして早足でやってくる絵波の姿があった。
「待ってよ輝翔、早いよ……」
絵波の言葉が終わるか終わらないかの内に、彼は彼女の手を取り、足早に去ろうとした。歩き出した瞬間、不意に彼は再び彼女と目が合ってしまった。その時、彼女の唇が、ふっと軽く釣り上がった。
彼の全身に、ぞくっと悪寒が走った。
「行こう」
「えっ、ちょっ……」
輝翔は慌てて彼女から目を逸らし、絵波の文句も聞かずに絵波の手をぐいぐい引っ張りながら帰路を急いだ。
早く去りたかった。言葉を交わしたわけではなかったが、彼女とこれ以上関わりたくはなかった。最後に見せた、あの笑みが、彼の脳裏に焼き付いて、離れない……
「くっ」
彼はどんどん速度を上げた。全てを忘れるように、雑念を振り切るように……
第四話へ続く